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弥生の住居址「野田遺跡」

町指定史跡 (昭和57年4月1日指定)
中島西字院内(野田)

野田遺跡は、弥生中期後半の遺跡で本町における最古の遺跡である。
昭和26年(1951)岡山大学人類学教室によって、学術調査がなされ、7軒の竪穴住居と1棟の掘建柱の建物が検出された。中国地方で最初の竪穴住居址の発掘調査であり、遺物は土製紡錘車・石鏃・石斧・石槍・石錐・砥石等が出土し、その発掘を記念してこの場所に発掘記念碑が建てられている。
昭和58年(1983)8月、農協肉用牛等振興施設建設に伴う発掘調査がなされたのは、昭和26年の発掘調査の地区より約20km西の地区であり、竪穴住居6軒、掘建柱の建物18棟が検出された。何回か立て替えがなされているので、それを整理して見ると住居1軒につき、掘建柱の建物1~2軒という組み合わせになる。
遺物は土製紡錘車・石包丁が検出されている。

■参考文献
北吉野村史編集委員『北吉野村史』北吉野村史編纂会 昭和31年(1956)
野田遺跡調査委員会『野田遺跡』野田遺跡調査委員会 昭和59年(1984)

弥生の住居址「野田遺跡」

※『奈義町の文化財』(奈義町教育委員会発行 2003年2月)より

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