奈義町現代美術館は企画展『山本一雄 小さな部屋から』を開催しま
す。
山本一雄(1936-)は岡山県瀬戸内市にある長島愛生園で暮らしなが
ら、89歳になる現在も毎日自身の表現と向き合いながら絵を描く画家
です。
小学生の頃から絵を描くことに親しんでいた山本が本格的に油彩画を始めるのは、就職する年齢になってからのことです。その後独学で
油彩画を学び、自分の作品が社会の中でどのように評価されるのか、
それを知りたいという思いから、40代に入ってから公募展に出品する
ようになります。特に岡山県美術展覧会(以下県展)においては、
そこに出品することが毎年の描く目標となり、現在も県展に向けて
新作を描き続けています。
長島愛生園は、日本に初めてできた国立ハンセン病療養所となりま
す。山本は故郷や家族と離れ、30代で入所します。今ではハンセン病
は完治しているにも関わらず、山本は、今でも長島愛生園で暮らしな
がら、絵を描いています。
その暮らしの中で描かれる作品には、長島の海や、望郷の想いが込め
られた山々の作品などが多くあります。近年ではこれまで描いてきた
作品の中のいくつものモチーフを断片的に取り出し、それらが混在
したような作品を描いています。面相筆という細い筆で塗り重ねられ
た作品には、圧倒的な時間が凝縮されているだけでなく、恣意的に選
ばれたものではあるものの、山本の暮らしてきた時間と密接に関わっ
たモチーフが混在することで、積み上げられたはずの色による時間が
解体され、混ざり合い、溶け合うような不思議な時間世界に鑑賞者を
誘います。
何かを表現するとき、その原動力となるものは喜びなどのポジティブ
な感情だけではありません。悲しいや寂しいという感情が、絵画の中
に込められた場合、それらはどのような形や色をして、絵画世界に表
現されるのでしょうか?山本は描く理由を「楽しいから描いている。
それだけ」と話しますし、それ以上のことは話しません。私たち鑑賞
者は、山本が繰り返し描くモチーフや、繰り返し塗り重ねる色に、
どのような感情を呼び起こされるでしょうか?山本が繰り返し描かな
ければならなかった絵画には、私たちが暮らしの中で、知らなければ
ならないこと、見つめなければならない大事な何かが込められている
ように感じます。本展が、画家・山本一雄が描く作品世界の「美し
さ」を感じていただくと同時に、その先にある「大事な何か」につい
て考えるきっかけになればと思います。