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菩提寺の大イチョウ

菩提寺の大イチョウ

国定公園那岐山の古刹・菩提寺境内の中にそびえ、高さ約40m、目通り幹囲約13m、樹齢推定900年といわれ県下一のイチョウの大樹です。
国の天然記念物に指定され、また全国名木百選にも選ばれています。
またこの木から北方にのびた枝が大雪のため地につき、分枝して育った樹齢200余年の「天明のイチョウ」も傍にあります。

このイチョウは、浄土宗開祖法然上人が学問成就を祈願して挿した杖が芽吹いたといわれています。

法然上人は、父は漆間時国(うるまときくに)、母秦氏(はたうじ)のもとに、1133年に生まれます。
父時国は、源氏の流れを組み、美作国久米の押領使で、兵を率いて久米の治安を維持していました。
勢至丸(せいしまる)と名付けられ、すくすくと育つものの、勢至丸9歳の春、かねてから時国に恨みを持っていた明石源内定明(あかしげんないさだあきら)の軍勢から夜襲を受けます。時国は切り伏せられましたが、勢至丸が放った矢が定明に命中し、敵軍は退却します。
仇討を誓う勢至丸を父時国は諭しました。「恨んで敵討ちをすれば、次は定明の子から勢至丸が敵として討たれる。敵討ちは敵討ちを呼び、何代かけても尽きることはない。そんなことより出家して仏道を求め、幸せになりなさい。」

武士道では敵討ちは美徳とされますが、それを制止して仏教を聞けといった時国の言葉が、仏教の歴史を変えます。

母秦氏は、弟である観覚上人が住職を務める那岐山の天台宗「菩提寺」へ勢至丸を出家させます。幼い勢至丸が那岐山へ登る際に、ふもとにある阿弥陀堂の大イチョウの枝を杖にして登り、たどり着いた菩提寺境内に「学なれば根付けよ」と挿したものがこのイチョウになったと伝えられています。

平成25年に奈義町教育委員会が行った樹勢診断調査の中で、「菩提寺のイチョウ」と「阿弥陀堂のイチョウ」そして隣り合って立つ「天明のイチョウ」は同じDNAを持つことが判明しました。この事は、木の育った環境を知り、今後の樹勢維持の検証するうえで貴重な発見となりました。