PERMANENT EXHIBITION
常設展示作品

現代美術館トップ > 常設展示作品 > 「月」の部屋≪HISASHI-補遺するもの≫

月の部屋

≪HISASHI-補遺するもの≫

岡崎和郎

月の部屋 写真 月の部屋 写真

安らぎの場所。ここは休らう所である。ためらい、足をとめ、休息する。穏やかな気持を取り戻す。「休」という漢字のかたちからみてわかるように「人が木により憩う」ごとく。庇の下で雨宿りをしたり、影のなかで強い日差しを避けて息づく生き物たちのように。護られてある休息。〈もの〉たちに促されて、限りある生命でしかない私たち個々の〈意識〉が思いを馳せる。降り積もる数万年の過去、茫洋と開かれた未来、永遠の現在。時の宿り。

三日月のかたちの大きな部屋。その端から入ると、白い大きな平面の壁に取り付けられた3体の黄金色の≪HISASHI≫たちがいる。HISASHI <この有機的な形態は、雲のようにも見えるが、作者の行為をとおして「時」が凝固したオブジェたちである。ブロンズに移されて、それらは時が経つにつれてもっと渋く色付いてゆくことだろう。金色の光の反映を投げ、影を落す。いや≪HISASHI≫そのものが〈影〉なのだと作者は言う。またこれらの〈横構造〉はきわめて日本的な情緒を醸し出しているのかもしれない。それらに近付いたり遠ざかって眺めたりしながら、人それぞれが心地よい場所にやがて落ち着くことだろう。

そこには岡山産御影石の対となる2つの長い石のベンチが用意されている。壁の曲面にあわせてゆったりと曲がっているこのベンチは、ひとつの重さが2トンほどあり、一本が無垢の石材からとられていて、よく見ると淡い桃色と灰色の二色の部分に別れている。これは同じような二色の模様の二つの石塊から各々が切り出されて、うまく左右対称のベンチになって、曲面の壁に沿ってほぼ中央に置かれている。

人はそこに旅人のように休息するだろう。ベンチに腰をおろしたり、三和土(たたき)の床に寝そべったり。心と身体の休息。ここは何処だろうか。今は何時なのだろう。私は何をしに来たのだろう。

そこで人は大空を行く雲たちを見るかもしれない。父、母、子の雲の家族を見るかもしれない。またブロンズに凝固した生き物を想わせる≪HISASHI≫と、幾何学的だが柔らかなカーブで空間に嵌り込んだ石の≪ベンチ≫に託された、〈もの〉たちの密やかな語らいに耳を澄ますかもしれない。〈もの〉たちのしぐさは昇華されてはいるが、かなりエロティックな感じもする。それはかたちだけではなく質感や色、つまり何より「影の色香」のようである。
あるいは飛天たちの奏でる音楽を耳にするかもしれない、奈良朝のいにしえのように。ミケランジェロが、フィレンツェの洗礼堂に取り付けられたギベルティの扉について言ったように、「天国の門」と一言口にするかもしれない。あるいは≪松林図≫。または書の「一」の文字。備前の名刀、刀の一振り。瀬戸の海。または京都の禅寺の庭園の枯山水…。影に息づく生命たちとともに私たちはいる。

中秋の名月の夜10時、月光はちょうど大平面の白い壁を滑って影を落とすという。光の反射と影…。昼間は両側から差し込む光に満ちる部屋。それは修道僧が日課に励む修道院の中庭。須彌山のある禅の庭。つまり世界を飲み込みかつ護られてある〈庭〉。
「人類は過去も現在も、本当の休息の場が与えられていなかった」と作者の岡崎和郎は言う。建築空間と〈もの〉たちにもてなされる客人として、この安らぎの場に私たちはいる。しかしここまでに何と苦い思いをしてきたのか。そしてこの部屋から出ていってもまた…。いったい私たちは何をしているのだ。何を失い、何を忘れたというのだ。これは〈しばし〉の休息にすぎないのか。それともここに全てがあるのか。

月の部屋 写真

HISASHI(ひさし)

HISASHI。テーブルの端に垂らされた石膏はへラで延ばし折り返されて、20センチほどの〈もの〉になる。丸いとろっとした石膏はほぼ10分で固まる。その間に全てが決まる。これが原型である。謂わば偶然の彫刻である。岡崎はいったい幾つこの手のものを制作したのだろう。この10年、よりクリアーな形象になってきている。これは壁に水平に取り付けられる。いや巖谷國士の言うように「どんな壁にもとりつくことができる」といったほうが正しいかもしれない。それらから選び、今回のようにスケール・アップして大型のブロンズに鋳込まれ、ほぼ眼の高さで壁に取り付けられて、作品≪HISASHI≫になった。

毎日毎日の手の動きが偶然の彫刻を修練する。接触と運動。手の記憶。眼ではなく、手が知っている。〈もの〉の凝固の過程。延びと垂れ。介在する重カと行為。そこに生命が出てくる。「時」が生命のかたちになって現出する。反復する手技が〈意味〉を生み出す。

<『奈義町現代美術館』常設カタログ「3つの会話 高橋幸次(東京国立近代美術館研究員)」より抜粋>

CREATOR COMMENT

展示室「月」-補遺の庭
休息のためにHISASHIとベンチが与えられたとせよ
HISASHI-補遺するもの

HISASHIは庇から着想を得ている。それは、私が本格的に制作活動を開始して以来考えてきた「補遺」という概念を的確に表わしているものである。「補遺」とは部分を通して全体を見通すための概念を含んでいる。自然界にも庇のように生物が強烈な日差しや風雨をしのぎ、休息できる岩陰や木陰のような空間が存在する。

HISASHIが庇と異なり有機的な形態を含んでいるのは、生物が生息しているこうした空間を取り込むことによって、人工と自然双方を合わせ持つ全体を暗示しようとしたためである。

月の部屋は、HISASHIの「補遺」という概念を強く際立たせた空間である。それは、円の一部である三日月型の鞘のような空間に、HISASHIとベンチが収められた「補遺の庭」なのである。

岡崎 和郎

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